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沿革

創業100年を超える三穂電機の歴史は、特殊電気機器の試作から始まりました。
1960年代に電源車の製造を開始して以来、日本のエンターテイメント文化を電源供給という形で支えながら、
時代の変遷とともに着実に発展してきました。

創業100年を超える三穂電機の歴史は、特殊電気機器の試作から始まりました。1960年代に電源車の製造を開始して以来、日本のエンターテイメント文化を電源供給という形で支えながら、時代の変遷とともに着実に発展してきました。

東京オリンピック(1964年)以降、テレビが普及。娯楽の主役が映画からテレビへと変わり、番組やCMのロケなどが増えていきました。
音楽業界も世界的バンドが初来日するなど、本格的なコンサート文化が幕開けを迎えました。

発電機のレンタル・販売を開始。AVRの開発・製作を開始。

防音電源車の製作を開始。

東京都浅草区(現在の台東区)北稲荷町に合資会社三穂商会を創立。業務内容は特殊電気機器の試作・研究および販売。

三穂電機株式会社と改名。トランス・インバーターの製作・販売を行う。

電源車の製作を開始。

京都営業所を設立。

洋楽アーティストが多数来日。邦楽アーティストの野外コンサートも増加。これにともない電源車の需要も高まっていきます。
またテレビ業界でも、ロケ、イベント、CM撮影のための電源車の稼働が増えていきました。

京都営業所を京都市右京区嵯峨釈迦堂門前瀬戸川町に移転。

NTT民営化にともない非線形負荷対策を施した電源車を電話通信関係会社に販売開始。株式会社三穂と分離独立。資本金を4500万円に増資。

サイクルコンバーターの技術を応用して特殊電気機器の製作を開始。

舞台照明機材のレンタル部門を株式会社エンジニア・ライティングとして分離設立。

販売部門を分離し株式会社テクニカル・サプライ・ジャパンとして設立。通商産業省通産局発電課より電源車の移動発電機の承認を受ける。

国内外のビッグアーティストが集客を競うようになり、大規模コンサートが増加。数十万人を動員するライブも多くなっていきます。

防音電源車に対する実用新案登録願の許可第1895069号取得。

本社を東京都中野区本町に移転。東京都府中市に支社および工場を設立。京都営業所を京都市西京区大枝沓掛町に移転。

アメリカShowpower,Inc.との業務提携によりShowpower,Japan.部門を設立。

京都営業所を関西三穂電機株式会社として分離独立。府中支社および工場を東京都世田谷区粕谷に移転。Showpower,Inc.との契約を完了し、Showpower,Japan.部門を解散。

ビッグアーティストによるドームツアー、スタジアムツアーが定着。ステージ演出も大型ビジョンや大規模なライティングシステムが一般化していきます。

札幌営業所にてレーザーのレンタルを開始

札幌営業所を北海道札幌市東区北30条東20丁目に設立。エアーマスターユニット部門を設立。

札幌営業所を北海道札幌市東区北45条東16丁目に移転するとともに、照明用カラーフィルターの販売、舞台用照明およびトラスのレンタルを開始。

広島営業所を広島県佐伯郡大野町(現在の廿日市市大野)に設立。本社を東京都中野区中央に移転。

相模原サポートセンターを神奈川県相模原市に設立。

篠路ワークステーションを北海道札幌市北区に設立。

技術部門を分離して東京都国立市泉に国立工場を設立。札幌営業所にてLEDカーテン・ディスプレイ装置(G-LEC)レンタル開始。世田谷事業所を東京都国立市泉に移転。国立工場と併合し国立事業所を設立。

広島営業所にて舞台用照明、デザイナートラスのレンタル開始。高畑ワークステーションを広島県廿日市市に設立。

全国各地で野外フェスが開催。アリーナ、スタジアム、ドームクラスの公演も一般化し、電源車のニーズはますます高まっていきます。

札幌営業所を北海道札幌市白石区中央1条1丁目に移転。

一般建設業許可電気工事業を取得。東京都知事許可(般-26)第142750号

国立事業所に太陽光発電システムを導入して経済産業省より新エネルギー等発電設備の認定を受ける。

相模原サポートセンターを閉鎖し、東京都国立市泉に新たに泉サポートセンターを設立。

国立市の企業誘致促進事業の指定企業第14号に指定を受け、テクニカルセンターを東京都国立市泉に設立。

世界的なパンデミックによりイベントが激減するものの、2022年からは復調。YouTuber、Vtuberなど公演を開催するアーティストも多種多様となり、電源車の需要は高まり続けています。

創業100周年を迎える。

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東京オリンピック(1964年)以降、テレビが普及。娯楽の主役が映画からテレビへと変わり、番組やCMのロケなどが増えていきました。
音楽業界も世界的バンドが初来日するなど、本格的なコンサート文化が幕開けを迎えました。

東京都浅草区(現在の台東区)北稲荷町に合資会社三穂商会を創立。業務内容は特殊電気機器の試作・研究および販売。

三穂電機株式会社と改名。トランス・インバーターの製作・販売を行う。

発電機のレンタル・販売を開始。AVRの開発・製作を開始。

電源車の製作を開始。

京都営業所を設立。

防音電源車の製作を開始。

洋楽アーティストが多数来日。邦楽アーティストの野外コンサートも増加。これにともない電源車の需要も高まっていきます。
またテレビ業界でも、ロケ、イベント、CM撮影のための電源車の稼働が増えていきました。

サイクルコンバーターの技術を応用して特殊電気機器の製作を開始。

舞台照明機材のレンタル部門を株式会社エンジニア・ライティングとして分離設立。

京都営業所を京都市右京区嵯峨釈迦堂門前瀬戸川町に移転。

販売部門を分離し株式会社テクニカル・サプライ・ジャパンとして設立。通商産業省通産局発電課より電源車の移動発電機の承認を受ける。

NTT民営化にともない非線形負荷対策を施した電源車を電話通信関係会社に販売開始。株式会社三穂と分離独立。資本金を4500万円に増資。

国内外のビッグアーティストが集客を競うようになり、大規模コンサートが増加。数十万人を動員するライブも多くなっていきます。

防音電源車に対する実用新案登録願の許可第1895069号取得。

本社を東京都中野区本町に移転。東京都府中市に支社および工場を設立。京都営業所を京都市西京区大枝沓掛町に移転。

アメリカShowpower,Inc.との業務提携によりShowpower,Japan.部門を設立。

京都営業所を関西三穂電機株式会社として分離独立。府中支社および工場を東京都世田谷区粕谷に移転。Showpower,Inc.との契約を完了し、Showpower,Japan.部門を解散。

ビッグアーティストによるドームツアー、スタジアムツアーが定着。ステージ演出も大型ビジョンや大規模なライティングシステムが一般化していきます。

札幌営業所を北海道札幌市東区北30条東20丁目に設立。エアーマスターユニット部門を設立。

札幌営業所を北海道札幌市東区北45条東16丁目に移転するとともに、照明用カラーフィルターの販売、舞台用照明およびトラスのレンタルを開始。

札幌営業所にてレーザーのレンタルを開始

広島営業所を広島県佐伯郡大野町(現在の廿日市市大野)に設立。本社を東京都中野区中央に移転。

技術部門を分離して東京都国立市泉に国立工場を設立。札幌営業所にてLEDカーテン・ディスプレイ装置(G-LEC)レンタル開始。世田谷事業所を東京都国立市泉に移転。国立工場と併合し国立事業所を設立。

相模原サポートセンターを神奈川県相模原市に設立。

篠路ワークステーションを北海道札幌市北区に設立。

広島営業所にて舞台用照明、デザイナートラスのレンタル開始。高畑ワークステーションを広島県廿日市市に設立。

全国各地で野外フェスが開催。アリーナ、スタジアム、ドームクラスの公演も一般化し、電源車のニーズはますます高まっていきます。

国立事業所に太陽光発電システムを導入して経済産業省より新エネルギー等発電設備の認定を受ける。

相模原サポートセンターを閉鎖し、東京都国立市泉に新たに泉サポートセンターを設立。

札幌営業所を北海道札幌市白石区中央1条1丁目に移転。

一般建設業許可電気工事業を取得。東京都知事許可(般-26)第142750号

国立市の企業誘致促進事業の指定企業第14号に指定を受け、テクニカルセンターを東京都国立市泉に設立。

世界的なパンデミックによりイベントが激減するものの、2022年からは復調。YouTuber、Vtuberなど公演を開催するアーティストも多種多様となり、電源車の需要は高まり続けています。

創業100周年を迎える。